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京都地方裁判所 平成3年(ワ)2166号 判決

原告(反訴被告)

日本教育開発株式会社

右代表者代表取締役

横山周平

右訴訟代理人弁護士

内堀正治

被告(反訴原告)

糟野忠夫

右訴訟代理人弁護士

野々山宏

永井弘二

右訴訟復代理人弁護士

元永佐緒里

主文

一  原告の本訴請求及び反訴原告の反訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、本訴について生じたものは原告、反訴について生じたものは反訴原告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

一本訴

被告は、原告に対し、金二五八万〇九九六円及びこれに対する平成三年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二反訴

反訴被告は、反訴原告に対し、金七九二万三八五〇円及びこれに対する平成三年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一当事者間に争いがない事実

1  原告(反訴被告。以下、本訴反訴を通じて「原告」という。)は、学習塾の経営等を行う株式会社であり、「教導塾」等の名称の塾経営を行っている。

被告(反訴原告。以下、本訴反訴を通じて、「被告」という。)は、これまで学習塾の経営をしたことがない自営業者である。

2  原告の大阪支社次長藤原義久は、平成元年六月頃から、被告に対し、原告が経営する教導塾フランチャイズ・チェーンに加盟して「教導塾伏見中央校」(以下「本件塾」という。)を開設するよう勧誘した。

3  原告及び被告は、平成元年六月二四日、教導塾フランチャイズ・チェーン加盟契約(以下「本件契約」という。)を締結し、その旨の契約書(〈書証番号略〉。小・中・高コースの三コース用のもの。以下「本件契約書」という。)を作成し、被告は、原告に対し、開設資金四七〇万円を支払った。

4  本件契約書には、次のような記載がある。

(一) 被告は、月謝、入塾金……の集金事務を責任をもって行い、入塾金の五割……については翌月二五日限り原告に対し精算をなす(第一〇条)。

(二) 被告は、原告に対し、毎月の月謝収入の二〇パーセントをロイヤリティーとして翌月二五日限り支払うものとする(第一一条)。

(三) 講師の給与、交通費は被告の負担とし、被告は翌月二五日限り、その月の左記費用合計額及び交通費を講師に直接支払うものとする(第一二条)。

講師給与 一時間当たり金一二〇〇円ないし三五〇〇円

5  被告は、開設資金のうち金一〇〇万円については、平成元年一〇月頃、原告から返還を受けた。

6 被告は、原告に対し、後記二1(一)ないし(四)の各金員の支払をしたことはない。

7  被告は、平成三年二月二八日で本件塾の経営をやめた。

二原告の主張

1 被告は、平成元年九月から平成二年一二月までの間、右一4の債務をまったく履行せず、原告に対し、次のとおり合計金二五八万〇九九六円の損害を与えた。

(一) 入塾金未払分

金七万二一〇〇円

(二) ロイヤリティー未払分

金三七万〇一六六円

(三) 講師に支払うべき給与立替金

金一八八万五〇九〇円

(四) 講師に支払うべき交通費立替金

金二五万三六四〇円

2  原告は、被告に対し、平成三年一月二八日到達の内容証明郵便により、右1(一)ないし(四)の各金員を同年二月五日までに支払うよう催告した。

3  そこで、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、金二五八万〇九九六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年六月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三被告の主張

1  藤原義久や、原告大阪支社課長南里徳幸、支社長岩佐廣久は、平成元年六月頃、原告には生徒を募集し、塾を運営、管理する意思も能力もないにもかかわらず、被告から開設資金を取得することのみを目的として、被告に対し、「生徒は絶対に集まるし、当社で責任をもって最低でも開講時には小・中・高の三コースについてそれぞれ定員各七二名の三〇パーセント(各二一名)、平成二年二月末日までにはそれぞれ定員の六〇パーセント(各四三名)を集めることを保証する。仮にこの人数が集まらなかったとしても、この人数分の利益を当社が責任をもって保証する。素人でも心配なく、当社で部屋の鍵だけ預かれば、後は一切タッチしなくてもよい。一年半で開設資金は取り戻せるよう当社が責任をもって運営する。今まで最高でも取り戻すまで一年半しかかかっていない。」、「私自身が各家庭に個別訪問して集める。私が説明すると必ず入塾する。安心してほしい。」、「この認定証が下りるということは一〇〇パーセントの生徒が集まるということだ。この数字は最高レベルのものでめったに出ないものだ。」、「会社としても一〇〇パーセントの定員を集めないと経営が成り立たないから、総力をあげて取り組むつもりである。」などと、本件契約を締結すれば原告が責任をもって本件塾を運営し、右事業が必ず成功する有利な事業であるかのような全くの虚言を弄し、本件契約を締結するよう執拗かつ巧妙に勧誘した。

2  被告は、当初は断っていたものの、藤原義久らの右1のような執拗かつ巧妙な勧誘を受け、同人らを信用するようになり、錯誤に陥って、本件契約を締結し、原告に対して開設資金を支払ったほか、教室の開設工事を行い、本件塾を開設した。

3  しかしながら、原告は、開設資金を取得するや、当初の約束どおりの生徒募集活動をほとんど行わなかった。

平成元年九月の開講時には小学校コース及び中学校コースについてそれぞれ各一名の生徒が集まったにすぎず、それも被告の親戚と知人の子のみであった。

また、高校コースにいたっては一人も生徒が集まらなかったため、開設を取り止めざるを得なかった。

4  小学校コース及び中学校コースについても、生徒数はその後両コースあわせて一一名にまで増えたが、そのほとんどが被告の親戚や知人関係の子供であり、被告は、本意ではない塾経営を続けざるを得なかった。

5 被告は、本件契約締結に際し、原告との間で、原告が右1の約定の各期限までに約定の各人数の生徒を集めることを条件として、被告が右一4(一)ないし(三)の各債務を負う旨約した。

6  原告は、当初の約束どおりの生徒募集活動、塾経営活動等をほとんど行わなかったことから、本件契約後、被告に対し、原告が当初の約束どおりの生徒を集めるまでは被告には入塾金、授業料のロイヤリティー等を請求せず、講師の給与、交通費についても原告が負担する旨約して、その支払を免除した。

7  右1ないし4のとおり、藤原義久らの行為は詐欺に該当するので、被告は、平成四年一月二八日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、本件契約を詐欺により取り消す旨の意思表示をした。

また、被告は錯誤に陥って本件契約を締結したものであり、右錯誤は要素の錯誤であるから、本件契約は無効である。

8  被告は、原告社員らの勧誘等の一連の不法行為により、次のとおり合計金一〇三九万六四〇〇円の損害を被った。

(一) 契約金 金四七〇万円

(二) 教室開設工事費用

金一三九万六四〇〇円

(三) 慰謝料 金三五〇万円

(四) 弁護士費用 金八〇万円

9 被告は、右一5のとおり開設資金のうち金一〇〇万円については返還を受けており、また、生徒からは授業料等として金一四七万二五五〇円を受領しているから、これらを損益相殺すると、損害額は金七九二万三八五〇円となる。

10  このようにして、被告の本件契約上の債務は、右5のとおり条件が成就しておらず、右6のとおり免除があったほか、右7のとおり本件契約は詐欺により取り消され、または錯誤により無効であるから、いずれにしても被告には原告主張の金員の支払義務はない。

また、原告社員らの勧誘等の行為は被告に対する不法行為を構成するので、被告は、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右8、9の損害金七九二万三八五〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成三年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三当裁判所の判断

一被告の反訴請求について

1  被告は、原告の行為が被告に対する不法行為を構成する旨主張するが、原告社員らが本件契約を締結するよう勧誘したこと等の行為が不法行為となるためには、原告には本件契約に定められた義務を履行する意思がなくその見込みがなかったことが前提となる。

そこで、この点について検討するに、証拠(〈書証番号略〉、証人上杉陽光、証人横道幸広、被告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は本件塾開設時に大阪支社指導部の細川秀紀及び上良泉を講師として派遣し、平成元年一二月からは本件塾が閉塾されるまでの間一年以上にわたって教員資格を有する横道幸広を専任講師として派遣していることが認められ、同人による授業の内容等に特に問題があったまで認めるに足りる証拠はない。

また、生徒の確保にはもともと不確定な要素があるのは当然のことであるうえ、右各証拠によれば、原告が本件塾開設に当たって本件契約書に規定されている新聞の折込広告をしたほか、塾開設後も近隣にチラシを投函するなどの行為を行っていることも認められる。

そうすると、原告社員らの行為が被告に対する不法行為となるとまでいうことは困難である。

2  また、証拠(〈書証番号略〉、証人上杉陽光、証人横道幸広、被告本人及び弁論の全趣旨)によると、次の各事実が認められる。

(一) 被告は、菌を培養してこれを販売する事業を営む会社の代表取締役であるところ、平成元年六月初め頃、原告大阪支社課長南里徳幸から、被告が所有する共同住宅は立地条件がよいとして、本件塾を開設するよう勧誘を受けたが、このときはこれに応じなかった。

(二) 被告は、その後、平成元年六月六日に来訪した右南里から、「時間割and利益分配(総合教室)」と題する書面(〈書証番号略〉)や「経営者の収益例」と題する書面(〈書証番号略〉)を示され、再度本件塾を営むよう勧められたが、このときもこれに応じなかった。被告は、このときは学習塾の経営を行うかどうかについて深く検討する意思もなかった。

(三) 南里は、その後も数回被告方を訪れ、同月一六日頃には、原告大阪支社次長藤原義久を同行し、被告は、同人からも同様の勧誘を受けた。

被告は、被告本人尋問の際に、右藤原がその後も何度か被告方を訪れ、同人から〈書証番号略〉のような認定証等を見せられた旨供述している。右乙号各証はいずれも原告が他の学習塾開設者の関係で作成したものであり、〈書証番号略〉には、「調査結果集計表」との表題の下に、支社長の所見欄や総合評価の欄があり、総合評価として「A」の評価がなされているほか、〈書証番号略〉には、「リサーチ結果票」との表題で、その地区の小中学校の生徒数や、小中高校別の通塾率及び通塾生の既存塾への評価が百分率で小数点第一位までの数字をもって記載されており、総合評価の欄も設けられている。

(四) 被告は、藤原の説明を受けた際、同人に対し、実際に開設されている「教導塾」を見学したい旨申し出て、原告社員とともに、滋賀県内で生徒数が一七名位の同塾を訪れ、同塾を見学した。

(五) 被告は、右見学のときに同塾の経営者である老婦人と面談したが、さらに、翌日、原告には特に断ることなく、妻とともに、再度、同塾を訪れ、右経営者に入塾状況等をたずねた。

同人は、その際、生徒はほとんど同女の知人の紹介によるものである旨返答している。

(六) その後、被告は、同月二四日、原告との間で、本件契約を締結した。なお、被告は、被告本人尋問の際に、契約時には藤原が契約書を読み上げた旨供述している。

(七) 本件契約書(〈書証番号略〉)には、原告が生徒募集のために新聞の折込広告やポスターによる宣伝を行う等の記載はある(第六条、第七条、第二三条)が、第二の三1の生徒確保の保証や利益保証に関する記載はない。

(八) 被告は、平成元年九月一日に本件塾を開講したが、その際には、小学校コース及び中学校コースについては各一名しか生徒が集まらず、高校コースについては一人も生徒が集まっていなかった。

(九) 被告は、平成元年一〇月頃、原告の了解を得て高校コースを取り止めることとし、小・中コースの二コースについての契約書(〈書証番号略〉。右コースの変更に伴うもの以外は契約の内容は同じである。)を同年六月一四日付けで新たに作成し、右二コースについての開設資金三七〇万円を超える金一〇〇万円については、原告から返還を受けた。

3  右2の認定事実によれば、被告は原告の社員から学習塾を開設するよう勧誘を受けて、熟慮する余裕なく直ちに本件契約書に署名等をさせられたものではない。

被告は会社の代表取締役であって自ら経済活動をしている者であり、本件塾の開設にあたってはそれなりに採算について検討したものと解されるところ、被告は当初は原告社員らの勧誘に応じていなかったが、後には実際に開設されている教導塾を見学したい旨申し出て自らこれを見学し、しかもその翌日右塾の経営者に再度面接し、原告社員のいないところで右経営者に対して生徒の募集状況等を尋ねるなどしており、同人から生徒はほとんどが知人の紹介によるものであることをも聞き出したうえで、本件契約を締結している。

これらの事情を考慮すると、被告は本件塾の経営についてそれなりに採算を考え、自らの判断において本件契約を締結したとの面があることは否定できない。

4 また第二の一の争いがない事実に右2の認定事実を総合すると、被告は、開設時に高校コースが生徒が集まらなかったことを理由に高校コースのみ解約し、原告から右解約分について開設資金の返還を受けており、小学校コース及び中学校コースについては各一名しか生徒が集まらなかったにもかかわらず右二コースについてはそのまま開講している。

しかも、被告本人尋問の際の供述によれば、被告は、平成二年一月末頃原告との間で紛争を生じたというのであるが、右2掲記の各証拠によれば、その後生徒が進級ないし卒業する同年三月に本件塾の経営をやめようとはせず、翌四月以降も本件塾の経営を続けている。

結局、被告は、原告からロイヤリティー等の支払を求める内容証明郵便を受領し原告と完全に対立するようになる平成三年二月まで、一年半もの間右塾の経営を続けており、また、平成元年九月以降、同塾の生徒から、原告が定めた入塾金及び授業料を自ら徴収し、これら合計金一四七万二五五〇円をそのまま保有していることが認められる。

右各事実を総合すれば、被告は、高校コースについて本件契約を合意解約した後も、右塾の運営維持については、それなりの計算の下で右塾の経営を続けていたものと解される。

5 結局、右1ないし4によれば、本件においては、不法行為が成立するとまでいうことはできず、被告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

二原告の本訴請求について

1  本件契約は原告が被告に対し「教導塾」の名称及び学習塾運営上必要なすべてのノウハウを用いて事業を行う権利を付与することを内容とするフランチャイズ契約であり(本件契約書第一条ないし第五条等)、原告が被告を助言、指導することも本件契約の重要な要素となっているのであり(同契約書第二条)、学習塾の経営の経験がない被告とすれば生徒の確保についてノウハウがあると称する原告により的確な予測がなされていることを期待してフランチャイズ契約を締結することが予想されていることに鑑みれば、原告は被告に対して本件契約の締結に当たって生徒確保の可否に関し客観的な判断材料になる正確な情報を提供する信義則上の義務を負っているものと解される。

2  そこで、原告が被告に対し契約締結に当たって右の正確な情報を提供したか否かについてみるに、原告は本件契約に際して被告に対しどのような情報を提供したのかについてはなんら具体的な立証をしない。

3  この点については、被告本人尋問の結果によると、〈書証番号略〉のような資料が被告に示されたものと認められるが、証人上杉陽光の証言によると、原告が作成したものと認められる〈書証番号略〉には、その地区における小中高校別の通塾率及び通塾生の既存塾への評価についての百分率の記載部分があるが、右部分は二、三名程度の調査担当者がスーパーマーケットの店頭やバスの停留所などで二日ないし二週間程度かけて無記名でアンケートをとったものを集計した結果を記載したものであるとのことである。

4  しかしながら、たとえ右証言を前提としたとしても、そのような不正確な調査結果を百分率で小数点第一位の数字まで算出して資料に掲げることは、原告が被告に極めて不誠実な資料を示したことになるといわざるを得ない。

したがって、原告は本件契約締結に当たり被告に対して客観的な判断材料になる正確な情報を提供すべき信義則上の義務に違反したものというほかない。

5  また、証拠(〈書証番号略〉、証人上杉陽光、証人横道幸広、被告本人、弁論の全趣旨)によれば、本件においては、本件塾開設の時点では、小中学校コースについて各一名の生徒しか集まらず、その後も生徒数が増えたときでも一〇名程度の生徒数のまま本件契約の終了まで一年半程度の期間が経過しており、被告は、右一年半もの長期間にわたって、講師に支払うべき給与及び交通費の支払をしなかったにもかかわらず、原告は、当時、本件契約の条項に従って被告にその支払を強く求めていたものとは解されないし、本件契約を解除することなく被告に代わってこれらをすべて負担していたことが認められる。

6  しかも、右各証拠によれば、被告は、右期間中本件塾の経営を行い、講師に支払うべき給与及び交通費の支払を考慮に入れなかったとしても、当初出資した開設資金及び教室開設工事費用の半額すら回収できていない状況であることが認められる。

7  右1ないし6の各事情を総合すると、債務の免除があったと認められないとしても、原告が現在被告に対し第二の二1(一)ないし(四)の各金員の支払を求めることは権利の濫用もしくは信義則違反を理由として許されないものというべきであり、いずれにしても原告の本訴請求は理由がない。

三結論

原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官山下寛)

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